2009年10月11日 15:15
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1970年代、アメリカ郊外の静かな住宅地。両親は保守的で厳しいが、何不自由なく暮らす美しい5人姉妹の末娘が自殺を図る。そしてその死から1年も経たないうちに、残りの姉妹もすべて自殺してしまう…。姉妹に憧れていた少年たちが回想する形を取りながら、少女の危うさとエロチシズムを繊細な映像と音楽で描いている。 フランシス・フォード・コッポラの実娘ソフィア・コッポラの長編第1作であるこの映画、演出上の食い足りなさは残るものの、そこが妙に映画のテーマである少女性にマッチしていて、あやうくうっとりしてしまう。少年たちが電話を通して姉妹に70年代の切ないポップスを聴かせるシーンは印象的。キャスティングは秀逸。特に奔放な四女ラックスを演じたキルスティン・ダンスト(『スパイダーマン』)の美しさは出色だ。(茂木直美)
内容(「DVD NAVIGATOR」データベースより)
名匠フランシス・F・コッポラの愛娘、ソフィア・コッポラの初監督作。70年代のアメリカを舞台に、美しい5人姉妹に心を奪われた少年たちの姿を斬新なタッチで描く。
内容(「BOOK」データベースより)
リズボン家の姉妹が自殺した。何に取り憑かれてか、ヘビトンボの季節に次々と命を散らしていったのだった。美しく、個性的で、秘密めいた彼女たちに、あの頃、ぼくらはみな心を奪われ、姉妹のことなら何でも知ろうとした。だがある事件で厳格な両親の怒りを買った姉妹は、自由を奪われてしまった。ぼくらは姉妹を救い出そうとしたが、その想いが彼女たちに伝わることは永遠になかった…甘美で残酷な、異色の青春小説。
この映画は登場人物の行動に謎と不可解な部分が多いですね。ターニングポイントとなるシーンでは特に。
末娘セシリアが手首を切った理由も、フットボール場で一夜明けたトリップの心変わりも、一度は握ったと思った救いの手を振り払う少女の態度も合理的な説明は成されない。「これこれこうだから、彼女たちは死ななければならなかったのだ」なんてモノローグで説明されたら興醒めですが。ここでは唐突に起こるので理解の手がかりも与えられない。
行動の突発性と矛盾が大事な話なのかなと思います。
物語の登場人物って、どんだけリアルに造っても所詮は管理されたキャラクターなんですね。常に非矛盾性が求められる。前のシーンと後のシーンで同じ人物がまったく違うことを言ったり、やったりするのは基本的にNGです。物語の最初と最後でキャラクターが変化するのを俗に「成長した」とも言いますが、この場合は間に変化の兆しをコネクターとして噛ませるのがセオリー。それがないと観てるほうは「こいつ言ってることがコロコロ変わるな。人物設定に一貫性がないぞ」となるわけです。
現実の人間はつまらないことで心変わりしたり、自分が5分前に発した言葉を反故にしたりしょっちゅうですが、作り物の世界では観客を納得させられるかどうかはともかく、説明できる理由が必要になります。
行動を縛る合理性、管理された物語からのズレが本作では一つの見方なのかもしれません。
『ヴァージン・スーサイズ』では姉妹の行動に多くの疑問が寄せられると思います。家の前の木が切られそうになったとき、寝間着で飛び出して職員に食ってかかる元気あるなら、どうして少年たちと一緒に行かなかったのか? なんてのは最たる物じゃないでしょうか。
この作品が一面的には10代の危うさや鬱屈した感情を描いてるという見方は、多くの賛同を得られると思います。一面的にと書いたのは語る側――少年たちの成長物語としても観られるからです。
保守的で厳格な母親や、狭い町で周りの家に見張られながらの生活で抱え込んだ閉塞感に苦しめられた少女たち。そこから抜け出すため彼女たちが選んだのは周りと同化して賢く生きることではなく、自分の存在は自らを置いて誰にも自由に出来ないのだと示すことでした。
管理の手を擦り抜けようとする姉妹の行動と、登場人物の約束事に縛られまいとする矛盾性がリンクしてるように見えました。
姉妹の近所に住んでいた男が中年になっても彼女たちを忘れられないのは、きっと姉妹が最も輝いていた、磨り減る前の時期に時計を止めてしまったからなんでしょうね。
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<追記:2009/10/11>
どういう経緯か分かりませんが最近この作品絡みで訪問する方が増えています。今年の頭に書いた物なので久しぶりに読み返してみると心変わりというか、もっと書かなければならないことがあるような気がしてきました。
この作品で姉妹に見られる“私らしい私”の承認を求め抑圧的な社会に抵抗しようとする人間の姿は、しばしば実世界で現代人にも見られる行動です。彼女たちは両親の厳しい束縛や田舎町ゆえの閉塞性から抜け出したいと考えますが、しかし最後は若い命を散らしてしまう。
彼女たちが求めた“私らしい私”“他の誰とも入れ替え不可能な私”の実現は、もはや現実の世界では達成される余地がなく、それでも求め続けるなら死後の世界、あるいは来世に望みを繋ぐしかない。
社会・産業構造の変容により個人の入れ替え可能性が高まる現在、入れ替え不可能な私の実現は困難を極め、現実に生きるためには入れ替え可能性を受け入れるしかない。成長した少年たちが姉妹の姿を忘れられず今でも思い出すのは、入れ替え可能性を受け入れ少年時代から何かをすり減らして大人になった人間の、最後まで自分をすり減らさず美しいまま逝くことを選んだ存在への憧憬ではないでしょうか。
入れ替え可能な私の存在を受け入れ、かつ自分は最上ではないまでも良い人生を送っているのだと言いたい場合、現実の価値観を転換しなくてはならなくなります。つまり“入れ替え不可能で何ものにも代え難いから尊い”のではなく、“有り触れた何処にでもあるものだからこそ尊い”への切り替え。
昨今の三文小説的想像力に支えられた「お約束」から抜け出さない物語の氾濫を捉え直してみる時期かも知れません。


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コメント
つる | URL | -
うーん。これ面白そうね。
なんでかっていうと、世の中にはこっちの納得がいかないことってたくさんあるでしょう。生きている人は、そういうことをずっと考え続けなければならない。そういう映画なのかなって思いました。
解釈が違ったらごめん。
( 2009年01月11日 23:36 )
鯨 | URL | Xysd5fB2
Re:つるさん
これの欠点は興味を持っても適度にマイナーなので置いてある店と、そうでない店があることです。
( 2009年01月13日 22:55 [Edit] )
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