2007年11月24日 23:02
以前から『恋空
調べてみた結果がこれです。
このスレが元ネタだそうです。作者ひょっとして『恋空』読破しました? 原作の雰囲気を掴みつつ色々なパロディも絡め、普通に良いセンスしてると思いますよ。>>1さんのオリジナルも読んでみたい。
俺はケータイ小説肯定派でも否定派でもありません。書籍とケータイ小説は違う物だと思っているので。どっちが上だとか下だとかの議論も興味ありません。
小説が支持されるかどうか最も大事な要素が“共感性”だとしたら、ケータイ小説というのはその条件をかなり満たしてると思います。それはケータイ小説がプロの作家ではなく、一般人によって書かれた物だからです。
これは普通に考えると逆ですよね。稚拙で読むに堪えない素人の作品より洗練されたプロの仕事を求めるはずです。だけどケータイ小説は違うんです。そもそも求められている物が別だと思うんです。小説を読むときに普通は評価される“物語の構成力”“文章力”“リアリティ”といったことはあまり尊ばれません。代わりに求められるのが刺激です。脳内麻薬ダダ漏れて涙腺決壊するような刺激が喜ばれます。
退屈だな。刺激が欲しいなと思ったときに外へ出て新しいことを始めなくても、家でケータイ開いたらすぐに補給できるんです。お口が寂しいときのシゲキックスです。で、その刺激を誰が供給してるかと言えば、同じように刺激が足りないと嘆いている一般人なんですね。彼女(彼もいるか)が「これくらい刺激的な毎日ならな」と思うことを書く。刺激が足りない人の書いた刺激的な文章は電波に乗り、やはり刺激が足りない人の目に触れる。
作家が小説を書いて売り出すとき、書き手と読み手の関係は縦です。上から下への供給。一方ケータイ小説は横の繋がりです。作者の妄想に共感できる、脳を揺さぶられた人たちが集まってきます。これが上で書いた「両者は違う物」と考える理由です。当然ながら横の方が共感性は高くなります。
作者も読者も一般人がケータイ小説最大の強みと言えます。と同時に最大の弱点もここにあると思います。ケータイ小説に否定的な人の意見を聞くと「人気のあるケータイ小説は、タイトル違うだけでどれも同じこと書いてある」と言うんです。なるほど確かにその通り。これはたぶん妄想の基が足りてないんだと思います。
妄想は何もないところから生まれてきません。土がないところで作物が育たないように、妄想も温床となる物が必要です。それが雑多な物語に触れたことだったり、色んな経験をしたことだったりです。経験に大した違いのない同世代の二人に真っ白な紙渡して妄想ノート作らせたら同じようなことしか出て来なくて当然でしょう。地球に一人ぽつねんと取り残された男が自分の肋骨抉り出して土くれから妻を作るなんて話し、聖書を知らなければなかなか出て来ませんよね。書けたとしても「これは俺の完全オリジナルだ! 天才だ!」と吹聴して赤っ恥掻くのがオチです。そんなのは世界最古のファンタジー小説に類似品があります。
以上、今回は長々と意味もなく書いてしまいました。結論? オチ? そんなのありませんよ。無理やりで良いなら「読書は趣味だから自分の好きな物を読んでください。他人が読んでる物を否定するのも、嫌がってる相手に勧めるのもイクナイ」です。




間違いなくオススメ本です!
吉田作品初体験ですが、試しにこんな読み方をしてみました。






















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