ふたたびの恋


大人の恋愛3篇+未完のプロット1篇。
ここより下は作品の核心部分に触れている場合があります。
表題作『ふたたびの恋』は落ち目の脚本化が売れっ子に成長したかつての愛人であり弟子でもあった女性に「わたしを助けて」と頼まれる物語り。彼女のプロット作りを手伝う内にどうしようもなく虚構の恋愛にのめり込む自分に向き合って……。この作品で面白いと思うのは脚本の世界で超一流と呼ばれた著者がその世界に生きる人間を描くと言うこと。特に自分の書いた映画脚本が事務所の力で監督に納まった若手歌手に無残な扱いを受ける件は、本当にこんなことがあったんじゃないかと思わせる。
また野沢流プロット作りの一端が垣間見える点もファンとしては見逃せない。特に新子が「主人公二人を銀座の真ん中で偶然出会わせよう」と提案するのに対し、「ご都合主義的偶然性はよせ。みんながやっていても、君はやるな」と諭すシーンがいい。
二品目のタイトル『恋のきずな』は、すいかずらの花言葉から来ている。単身赴任で夫を遠隔地へ送った主人公が息子の同級生に淡い恋慕の念を抱き、どうやら彼の方も憎からず思っているようで……。枠を使った物語にすることで冒頭で示される妊娠の事実が作品全体を包む謎になっている。父親は誰なのか?
すいかずらの花は最初に出てきた後、最後にもう一度出て来る。それは主人公が自らを花の蔦になぞらえ「息子と同年齢の少年の日常をこれ以上掻き乱してはならない。ここで彼の人生に絡み付こうとする蔦を断ち切るのだ」と決心するシーン。
脚本家出身の人が小説を書くと小道具の使い方の上手さに驚かされることが多い。個人的に向田邦子
さんの小道具使いは神いわゆるゴッドの領域だと思う。
三品目の『さようならを言う恋』は三作中せつなさでは一番ではないかと思う。不幸な出来事が切っ掛けで別れてしまった夫婦のその後の顛末と、それぞれに歩き出すまでの物語り。
別れた夫に再婚する自分をホテルの窓から見送って欲しいと頼む妻。彼女が何故そんな行動に出たのか最後に示されるのだが、ここがまたせつない。
しかし、せつなさで言えば未完のプロット『陽は沈み、陽は昇る』が完成されることは二度とないのだという事実こそ、本書の最もせつない部分である。

最近のコメント