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人はそれを遂行矛盾と呼ぶんだぜ

2009年11月23日 01:10

 何か発言(多くは批判)したとき、その内容が自分の言動に返ってくることを、遂行矛盾と言います。分かり易く言うと廊下を走っている生徒、公共の場所で五月蠅くしている相手に「五月蠅い! 静かにしろ!!」と怒鳴ったら、お前も静かにしろ。いや、お前が一番五月蠅いしと言われた。これは静かにしろという批判がそのまま自分に返ってきた遂行矛盾の形です。

 前に読んだのでなるほどねと思ったのが「物事を○×の二択で教えるのは間違っている。世界はそんな単純じゃない。我々は○×式の授業なんて絶対にやらないぞ」と言う場合の遂行矛盾。これ言ってる本人は気持ちいいんですよね。閉塞的な状況を打破してやったぜ。常識に物申せる俺かっけー。けど○×式を悪、自分たちは絶対そんなことしないと言ってる時点で、物事を○×式の二択で判断してないか? お前それ遂行矛盾じゃない? というツッコミも入れられる――というもの。

 そんなこと気にしてたら何も言えない? うん。かもね。

 遂行矛盾が起こり易い状況を幾つか考えてみたんですけど、その大半が発言者は自分を無自覚で無責任な批判者の位置に置いてるんですね。まず自ら見本を示すということもしない人間が無責任に他人を批判すると遂行矛盾になります。

「そんな怒ってばかりじゃ今どきは下の人間がついて来ないんだよ」と管理職を叱る社長(笑)
「最近の大人はだらしない。昔は自分の子供じゃなくても叱ったのに」と現役親世代に文句たれるばかりで自分が若者を叱ろうとしない老人(笑)
「テレビなんて嘘だらけだ。テレビを何の疑いもなく信じてるのは情弱。ネットには報道されない真実がある。ネットは正義」と、盲信する対象がテレビからネットに変わっただけ――テレビ馬鹿がネット馬鹿に変わっただけなのに何か賢くなったと勘違いしちゃう阿呆(笑)

 共通しているのは自分に責任は無いという姿勢。

 管理職が部下を怒ってばかり居るのは、今まで自分がそうしてきたから、そういう環境を作ってきたからという責任を全く感じてない。悪いのは他人だで無責任に批判する。

 現役親世代は子供を叱れないと嘆きながら自分も若者が何してようと見て見ぬ振り。そもそも“子供を叱れない情けない大人”の親は自分たちだって自覚がない。馬鹿な親が馬鹿な子供を育て、その馬鹿な子供がまた馬鹿な子供を育ての連続で今があることは無視。とにかく悪いのは他人。

 テレビは捏造が多い。嘘ばかり流していると批判するが、それを見抜けず長年放置してきた自分たちの見る目の無さには深く触れない。ネットで目が覚めました。今までの僕たちは間違ってました。これからはメディアリテラシーを磨きます。未だにテレビなんて信じてる奴は情弱wwwと、優越感に浸ってるところ申し訳ないが何も変わっちゃないよ。一歩退いたところから見た構造は以前と一緒。ただ信奉するメディアがテレビからネットに移っただけ。それも時代の流れに乗っただけだし、どっちみち情報を発信しているのは人間じゃん。

 自分たちの無能ぶりは棚上げ。痛くもかゆくもない猿だってできる反省ポーズで賢くなったと思い込み、さっさと次のご本尊を拝んで過去のことは忘れる。だから同じ事を延々繰り返すんだが、その自覚も責任も何処かに落っことしちゃった。実際はインターネットなんて過剰流動性の代表格みたいなもんで、テレビ以上に怪しい情報がビュンビュン飛び交ってるのにね。

 最近の流行りは陰謀論ね。陰謀論。これなんて世界を凄く小さく詰まらなく見てるから何が面白いのかと思うんだけど、なぜかネットでは陰謀論が大人気なんだよね。何かあると「○○の陰謀」と言い出す奴居るじゃん。この背景にあるのは“世界は全て人間の意志によって動いている”という考え方だと思う。本人たちは深い話をしてると思ってるんだろうな。確かにジョージ・オーウェルが『一九八四年』書いたころに陰謀論は世界の真実に目を向ける姿勢だったかも知れないけど、今は『1Q84』の時代だから。世界の複雑さに背を向ける態度になってないか……?

 作品個別の話は来夏に発売される第三部を待ってから。

 俺としては陰謀論の流行に「崇高な物、神秘的な物の絶対性をポキポキ折っていくのに無上の喜びを感じる現代人」の姿を見てしまうんだけど。本来なら人間の上に世界がある位置関係なのに、それ逆転させて人間が世界を内包しようとしてない? すっごく想像力としては詰まらないし世界を小さく見てるなと思うんだけど。

 何リアルでセカイ系やってんのさ。

 遂行矛盾が起こるとき多く批判者は無意識に自分を外部におき、問題にコミットしてない。威勢良く批判してるけど責任逃れで実は傍観者に徹している。問題に対する当事者意識の低さが原因としてある。

 この問題に自分は如何に関わっていけるかを考えてない。それを考えて、考えて、考えて、考え……取り敢えず今日は腹が痛いから寝る。
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追いつ〜めらーれて花が咲く

2009年11月22日 12:38

 追い詰められれば追い詰められるほど新たな引き出しを発見する男。それが小杉竜一。

 小杉いじりたい芸人2
 小杉いじりたい芸人3
 小杉いじりたい芸人4
 小杉いじりたい芸人5

 体型も面白さも関西ローカルで「ヘイヘイ、オーライ」言ってたころとは別人だな。

 毛が薄いのに名前は小杉(濃すぎ)の時点で笑いの神が一ネタ与えてる。

 なんだかM-1に一般審査員も参加させろと言ってる人がいるみたいですね。それ第一回大会でやってズッコケたじゃん。だから今はやってないのに。

 漫才に関して関西の人間は保守的なところあって。DonDokoDonのモノマネ芸やテツandトモのギターネタ、おぎやはぎの明確なツッコミがない漫才は軒並み関西圏の票が全滅。全国ネットで公開処刑を流すことに。第一回大会で優勝したのは関西票を多く集めた兄弟コンビ中川家でした。

 もし一般審査委員が続いていたら昨年のオードリー準優勝はまずなかった。

 関東の人間には完全アウェーな土地、大阪。そこに敢えて乗り込んだのが2004年のアンタッチャブル。スケジュールの関係で準決勝は大阪会場で参加することに。ドッカンドッカン笑い取って通過すると、本戦でも安定した実力を見せて優勝しました。大阪大会でアンタッチャブルと笑いを二分した南海キャンディーズは、本戦の一本目に見せたネタは面白かったけど、それに比べると二本目が弱かったのは残念。まだまだネタによって面白いときと面白くないときの差がハッキリし過ぎている。山ちゃんの紳士的ツッコミは好きだよ。

[アメトーク] 後輩の山崎に憧れている芸人
[アメトーク] 後輩の山崎に憧れている芸人2
[アメトーク] 後輩の山崎に憧れている芸人3
[アメトーク] 後輩の山崎に憧れている芸人4
[アメトーク] 後輩の山崎に憧れている芸人5

 前にロンドンブーツが司会する番組で芸人集めて匿名アンケート(後に実名公表で読み上げ)したとき、アンタッチャブルの柴田とチュートリアルの二人は「羨ましい芸人」にブラマヨ小杉と書いていた。ツッコミとして天才かも知れない。言葉選びのセンスが素晴らしい。等々。

 借金まみれでレクサス(笑)


 このとき二本目のネタ(万引きした息子)で息子の盗んだ物がモーニング娘。のCDだったのが時代を感じる。最近のバージョンではIpodだった。


 そこは普通まず鮭やろ!


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ムカつかずに生きたい

2009年11月20日 22:05

 フジテレビで"開局50周年・探そう!ニッポン人の忘れもの"という番組をやっている。今日から3夜連続らしい。リビングでは家族が揃って見ているようだが、あまりにも面白くないので俺は早々に退散した。本来なら民放が3夜ぶち抜きゴールデンで流すような番組は、その時代を知るための資料として見ておきたいのだが、本当に面白くなく、かつ見ているとムカついてくるのでやめた。

 俺はテレビでも何でも流行の物を見るときは二つの視点を持っている。ひとつは単純に楽しむため。もうひとつは、それを通して向こう側にいる人間――それを楽しんでいる人間の姿を見ることだ。余分な物を剥ぎ取りフラットな状態にしていくと、同じ時代に売れた作品には奇妙な共通点が見いだせる。同時代性と呼ぶが、この同時代性は何処から生まれるのか。先に売れた作品を踏襲して「こんな作品が売れているから、俺も真似しておこう」という人間が増えるため。なるほど確かに。では、どうして同じような作品を次から次に大衆は支持し続けるのか。まず大衆側に求める心がなければヒット作は生まれないし、それを真似したような作品が続けて支持されることもないはずだ。

 ヒット作を読むのは、その時代に生きる人間を読むことになる。そのとき大衆が何を求めていたか。

"開局50周年・探そう!ニッポン人の忘れもの"にムカつきを感じながら、ある物を思い出した。BPO(放送倫理・番組向上機構)が2009年11月17日に発表した『最近のテレビ・バラエティー番組に関する意見』である。

http://www.bpo.gr.jp/kensyo/decision/001-010/007_variety.pdf

 PDFファイルで45ページと短くはないが是非読むことをオススメしたい。皮肉なことに最近のバラエティ番組を見るよりは面白いのだ。

 別段私たちは、バラエティーを目の仇になどにしてないし、ネタ明かしのような検証をするつもりもない。そもそも委員会がバラエティーを取り上げることにしたときも、あれこれ言おうとしたわけではない。

「あれ」と「これ」しか言わない。

 私たちはそう決めていた。沢山のことを言って、結局、現場が窮屈になる。それこそ常日頃、委員会が最も心配していることだからである。



 さて、では、「あれ」とは何か?

 世の中には、人々を愉しませるため作られたバラエティーが、「嫌われる」瞬間というものがある。その現実くらいは知っておいて損はないのではないか、ということ。

「これ」とは何か?

  バラエティーが意欲的にあらたな表現と笑いを作り出し、放送界現下の「コスト削減の嵐」と「コンプライアンス強化の波」をはね飛ばし、視聴者とのあいだにダイナミックな公共空間を作り出してほしい、という期待である。


テレビ作家たちの50年』などを引用しながら話は続く。

 大ヒットしたバラエティー番組、先ほど、私たちが懐かしく思い出したと言ったバラエティー番組も、そのいくつかは、「子供の教育上、いかがなものか」と、当時の世の親たちの眉をひそめさせ、「公序良俗に反する」としてやり玉に挙げられたものだった。そこには「社会通念」や「秩序」を笑い飛ばし、「権威」や「権力」をおちょくって、ときにはブチ壊すパワーがあった。

 まさに変化、多様性、変わり種。当たり前のようにあった現実をひねったり、ゆがめたり、こねくりまわして、ちがう現実を作り出してしまうパワー。何でもありとは、そういうことである。

 違法、非合法のことは論外としても、あとは常識と非常識、秩序と混沌、嘘と真実、美と醜、本物と偽物、既知と未知、その他とその他のすれすれのところで、バラエティーの制作者たちは知恵と悪知恵を絞り、七転八倒、悪戦苦闘し、顰蹙を買ったり、まぶしく見上げられながら番組を作ってきた。



 これだけガンバってきたバラエティーだが、先の本の後半、というか最近の話になるにつれ、関係者の口調はだんだん愚痴っぽくなる。その気配が漂い始める。

 曰く、バラエティーはあらゆることをやり尽くし、いまや何を見ても、既視感がつきまとう。

 曰く、タレントとその予備軍は相変わらず少なくないが、突出したカリスマ的才能、ビッグな芸人が少なくなった。過去に大ヒットして、「お化け番組」と呼ばれたようなバラエティーは、制作者とカリスマ、テレビ局とスポンサーが一体となって作り上げてきたものだったが、いまそういう熱気が見あたらない。

 曰く、放送界にコンプライアンスを矮小化した事なかれ主義、サラリーマン的保身がはびこって、ムチャなこともできなくなったし、破天荒なカリスマの存在も許されなくなった。それが、「やっちゃいけないことが面白く」「世の中に衝撃を与える快感」に満ちたバラエティーを生きにくくさせている。

 曰く、不況になるとバラエティーが増えるのは元々だが、最近は、手間暇かけて作り込んだバラエティーの出る幕がどんどん減っている。放送作家不要、セット不要、安いギャラ、持ちネタがあって、リハーサル不要の若い芸人やタレントを集め、あとは話の上手い司会者を置きさえすれば一丁上がり、のようなものが多すぎる。

 曰く、バラエティーの制作者も、旬の芸人やタレントのキャスティングができるというだけの、要領のいい連中が跋扈しているじゃないか。



 ここに漂っている閉塞感は、おそらくバラエティーだけの問題ではない。バラエティーが民主主義の進展と二人三脚、人と時代と世の中に寄り添い、動かしてきたことを考えれば、同じことが、いまの人と世の中の側についてもそっくり当てはまる、ということであろう。

 経済の先詰まり感、政治の停滞感、行政の不透明感、国際情勢の不安定感、地域の尻すぼみ感、家族の孤立感……。21世紀最初の10年間、私たち一人ひとりはこうしたさまざまに気を滅入らせる現実に囲まれて暮らしている。それがなぜ起きたのか分からないまま、誰もがこれら幾重にも押し寄せる閉塞感を肌身に感じながら生きている。

 こうした現実に巻き込まれまいとすれば、気の合う者同士、小さく固まって、せいぜい内輪の話題で盛り上がり、憂さを晴らすことくらいしかやることがない。面白くない出来事、不愉快なノイズ、癪に障る連中のことなんか知ったことか。無視を決め込むか、イジメてやって、せせら笑ってりゃいい……とばかりに、あっちでもこっちでもサディスティックな冷笑的気分が湧き上がり、広がっていく。

 この小さくまとまった冷笑的気分というものは、見かけほど冷めていなくて、あっという間に匿名集団化し、少数意見や異物の排除に熱狂することがあったり、マスコミの場合には、ターゲットにした人物や現象を突き放し、つるし上げるような集団的過熱取材や集団的過剰同調番組となって暴走することがある。これもまた、この時代と社会で起きていることである。

 そんな世の中で、個々人と、個々の家庭と、個々の職場が差し当たってできることといったら、なるたけムダを省き、世間の非難を浴びることないようクビを引っ込めていること。それが、昨今流行りの「コスト削減」と「コンプライアンス強化」の縮み志向ということなのかもしれない。



 俺は前に映画等のレビューを書く際、何に気をつけているかと訊かれ、本当に批判したいことは笑うようにしていると答えたことがある。今が相対主義の時代だというなら、そんな連中に真っ向から顔を真っ赤にしても無意味だ。相対主義はずる賢い。こちらは論拠を相対化されてしまえば「無根拠な戯言」と断ぜられるのに対し、連中の根拠を相対化してみたところで「だって相対主義ですもの」の一言で返されてしまう。こちらの反論は反論にすらならない。

 そんな時代に何かを批判しようと思ったら笑うしかない――相手の懐に飛び込み、内側から揺さぶるしかないじゃないか。

 この笑いは現実逃避としての冷笑的な笑いとは違う……と、自分では思いたい。実際はどうか知らん。だが少なくとも俺は対象を笑うことを通し、何かと戯れたり誰かと連もうと思ったりはしていない。そんなものは無意味だ。

 最近は何かを批判することで、冷笑的な態度を取ることで自分を大きく見せようとするが、却って馬鹿を晒す結果になる人間が増えている。

 このブログで過去に何度か取り上げた山田悠介の小説とケータイ小説は特にネット上に馬鹿が多い――他人の尻馬に乗っかるしか能がない連中が多いことを示している。在り来たりな「山田悠介やケータイ小説の読者は国語力がない」といった批判を展開したいのではない。むしろ彼らを責めている人間の方に俺は、こんな連中が増えると日本は本気でヤベェなと感じる。

 山田悠介の小説を駄作と言う人を俺は何とも思わん。俺自身、面白いと思ったことは一度もない。面白いという人は、それはそれで何かを感じているんだろうからいい。ただ、批判する人間に多く見られるのが、山田語(山田悠介が用いる特異な日本語。最近は編集が本腰を入れて付き合うようになったのか、山田自身の成長か減っている)をコピペして、得意気に「山田悠介の国語力」を笑ってみせる態度。

 山田悠介が出てきて何年経つ? その間お前たちはコピペしかしてこなかったのか? 自分の頭で少しは考えたか? ただ世間が批判的な論調を展開する山田悠介という作家に対し、自分も冷笑を向けていれば偉くなれる気がしただけじゃないのか?

 ケータイ小説批判にしてもそうだ。初期の人間が作ったテンプレに乗っかるばかりで後は決まり文句を繰り返すだけ。誰かが作った物を消費するばかりで自分じゃ何も作ろうとしない。

 スイーツ(笑)

 うん。それは分かったから。お前自身はどう思ってるのさ

 スイーツ(笑)

 いや。だからそれはもういいって。自分の考えを聞かせてよ。

スイーツ(笑)

 ('A`)なんだ単なるコピペ野郎か。

 山田悠介を国語力がないと笑いながら自分じゃ批判文ひとつ満足に書けない連中も、ケータイ小説をどれ読んでも同じ話にしか見えないと言いながら、自分も決まり文句を繰り返すだけしかできない連中も、実は批判対象と大差ないレベルなんだよ。

 この“何かを批判すればするほど、対象と同化してしまう”現象は現在そこかしこで見られる。北朝鮮が核を持っているんだから日本も――なんて言い出す連中は、本人たち気づいてないかもしれないけど、その発言を拾っていくと日本を北朝鮮みたいな世界の嫌われ者にしたがってるとしか思えないよね。実は北の金豚さんと大差ないレベルなんじゃねぇの? と思うときある。相手が無法者だからって、こっちまで無法者になったら非難する権利を失くしてしまうだろ。

 あんまり政治の話はしたくないんで山田悠介に戻すと、『リアル鬼ごっこ』が00年代の頭に出たときから山田語はネタとして扱われていて、そこから今に至るまで山田語以上に山田悠介を語る切り口持たないなんて、批評の方が全然レベル上がってないじゃん。これから山田本のレビュー見るとき、山田語のコピペと冷笑的な態度以外に何も示せないような連中の書く物は読まなくていいよ。時間の無駄だ。他人のケツに付いて歩きたいだけだろうが。馬鹿らしい。

 どちらも大差ないレベルの連中が受けと攻めに分かれ、狭い範囲でキャンキャン吠え合っているだけなのが現実。

"開局50周年・探そう!ニッポン人の忘れもの"を見て俺が面白くないなと思ったのは、結局、この番組って共通記憶を暖め合って保存しようとしてるだけじゃないのと感じたから。狭い範囲で固まって“あの頃はよかったよね”と言い合いたいだけちゃうんかい、と。残り2夜。最後まで見れば何らかのビジョンを示すのかな。

 いつから日本は「あのころはよかった」しか言えない貧しい国になったのかな。それを忘れるため内輪話で盛り上がり、興味ない奴は入ってこなくて良いよって態度で外界をシャットアウトする。

 認めない。あたし、こんな国、認めないよ(真面目に漫才してた頃のスピードワゴン井戸田風に)

 ……まあ、認めないと吠えてみたところで、これが現実なんだわな。
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 そんなこと言いながら90年代作品のブルーレイ化が楽しみな俺がいる。
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みんな元気?

2009年11月19日 22:43

 寒い。ストーブがないと死んでしまう。もう冬だ。

綾瀬はるかが同世代の女優をぶっちぎり始めた理由 (ゲンダイネット)
「綾瀬は主演した映画『おっぱいバレー』で、女優として大きく成長しました。それまではルックスと清純派がセールスポイントでしたが、劇中で“おっぱい!”と連呼し、ランニングシーンで巨乳をユサユサ揺らしてみせたことで、セクシーさを武器に加えました。いってみれば“健康系お色気美人”。この手の女優はいそうでなかなかいない。それが綾瀬が同世代の女優と一線を画して重宝がられている理由です」


OPBですね、分かります。
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 綾瀬はるかの隠れ巨乳ぶりは、おっぱいバレー以前から全く隠れられてなかった気がするけど。隠すのをやめたのが良かったと言いたいの? いえいえ。日本人には羞恥心が必要だと思うんだ。

『おっぱいバレー』はマネージャーさんが受けちゃったとか何とか。

 俺は仲村トオルが爽やかに「ナイスおっぱい!」言うのに笑ったww

( ゚∀゚)彡おっぱい!おっぱい!

おっぱい占い
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メジャーの主人公が死亡した件について
 いつごろからだろうな。無理やり盛り上げてる感が強くなって、完結したら一気に読めば良いやと連載を追わなくなったの。まさかこんな事になってるとは……。

 寿くん誘っておいて自分だけ別の学校へ行っちゃった辺りでヾ( ̄。 ̄) おいおいと思ったけど(学費のくだりを考えるとね)、それでも高校編までは読んだな。何処から読まなくなったんだっけ? マイナーの最初はまだ……?

 いま思うと幼年編〜リトルリーグ編が俺の中ではピークだったな。毎週読んでた。TV版で言うと、くまいもとこ時代。まだ茂野ではなく本田だったころ。

 おとさああぁぁああぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁあああああんんん

 サンデーの「野球漫画は誰か死ぬと長期連載になる」黄金パターンって、あだち充が確立したの?

 左投げで頭部に打球って言うと石井一久を思い出す。あのときボールが少しズレていたら、今ごろは……。ほんと数センチの差で後遺症もなく現役を続けられているのは幸運としか言いようがない。最近ではドジャースの黒田も直撃したね。

 二人ともよく生きてたと思う。しかも現役でプレーしてるし。

 生きてこそなんだよ。生きてこそやっていけるんだ、とは大竹&小杉組のコントで大竹が言ったことだけど、ほんと生きてこそだよ。

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第853回「しょうがを使った美味しい食べ物・飲み物」

2009年11月18日 23:33

こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当ほうじょうです!今日のテーマは「しょうがを使った美味しい食べ物・飲み物」です。ほうじょうの周り、いきなり寒くなってきました!昨日の夜は、帰りがあまりに寒くて、コンビニでしょうがの入ったチャイを買って、あったまりました〜。しょうがは体を温める作用があるので、冬...
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 小学生のころ、ジンジャーエールを“頑張れショウガ!”だと思ってました。なんか知らないけど頑張れショウガさん!!

(`・ω・´)俺も応援してるぞ

 真面目な話すると生姜焼きウマー

 ミシュランのオッサンも寿司や天ぷらばかりじゃなく生姜焼き食え、生姜焼き。
ミシュランガイド東京 2010 日本語版 (MICHELIN GUIDE TOKYO 2010 Japanese)ミシュランガイド東京 2010 日本語版 (MICHELIN GUIDE TOKYO 2010 Japanese)
(2009/11/20)
不明

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 タイヤ屋のガイドブックには懐疑的な俺だが、モップ屋のドーナツは大好きです。

 つみれ汁に生姜を入れると美味い。つみれの魚臭さを抑え、身体も温まるよ。

 この前は安い圧力鍋を買ったので冷蔵庫から木っ端野菜引きずり出してミネストローネもどき作ったんだけど、最初にニンニクと生姜を油で炒め、みじん切りにしたタマネギと合わせました。野菜切るところから含めても30分で一品完成しました。余ったスープは翌日、ハヤシライスのルー買ってきて“トマトたっぷりハヤシライス”に早変わり。

(゚д゚)ウマー

 生姜は身体が温まるから、これからの季節に良いですね。この前こっちはみぞれ降りました。冬です。凄く……寒いです。

 弟がインフルエンザに罹りました。正確には罹っていました。

 マイグランドマーザーとマイマーザーがテレフォンでトークしてたんだけど(ルー大柴風に。疲れるから普通に戻します)

 祖母ちゃんがトイレ行くから、ちょっとの間お前電話代われと言い出して。でも俺にゃ話すことないよと。仕方ないから「元気?」みたいなこと言ったんですよ。

鯨「元気?」

母「元気、元気。ああ、でも、この前○○(弟の名前)がインフルエンザなった」

鯨「ちょっ! それ大丈夫じゃないし」

母「しかも新型」

鯨 工エエェェ(´д`)ェェエエ工

母「だけど鼻風邪みたいなもんだったよ。熱も大して出なかったし。病院に行かなければインフルエンザだと思わなかった」

鯨「まあ軽い人は軽いって言うからね」

母「何処でもらってきたのか知らないけど――間違いなく学校だとは思うけど――結構な子供が一気に罹ったみたいよ。一昨日まで学年閉鎖してたから」

鯨 工エエェェ(´д`)ェェエエ工

鯨「まるっきり大丈夫じゃないじゃん」

母「しかも明日からテスト」

鯨(´・ω・`)ショボーン

 が、頑張れテスト!!



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